あなたは幽体? 霊体? 幽体離脱した私の経験談

2019年4月11日

 

こんにちは

オモテ ミノル です。


黄泉の世界と言われている所には、

「幽界、霊界、神界」があると

いわれております。

 

しかし、私たちが死んで行く所は、

幽界、霊界、と言われております。

 

というか、
神界は、神様の世界ですから、

私たち人間が行ける所ではありません。

 

実は私は、
その幽界、霊界の
手前まで行って来た経験があります。


それも、二回も!
つまり、二回死にました。


そして、復活!二回です!


俗にいう「臨死体験」ってやつです。

普通の臨死体験は、
身体から魂が抜けて、
空中に浮かびながら、
自分の身体を眺めている、

というのが一般的ですが、
そういう体験が一回。

もう一回が、柩からの復活でした。

 

それ以来、
自分で念じれば、
魂が身体から抜け出しやすくなりました。

身体から抜けた後の魂は、

実に自由で、開放的で、


どこへ行くのにも簡単に行く事が出来、

肉体の中では感じることの出来なかった、


窮屈な所から開放された喜びや

何ものにもとらわれない清々しさ、

そして自然と嬉しいッ!っていう

気持ちが湧いてきて、


自分のオーラも肉体の中にいた時と違って、

明らかに 大きく光り輝き、

眩しいくらいに力強い光を放ち、


自分がその中にいて、

誇らしく冴え感じるようになりました。

 

でも、
何処からともなく「声」がして、
「いくな〜!まだ早い!」
「○○ちゃん〜!
○○(私の名前)を呼ぶ声 」

が、聞こえたので、
声のする方を、チラッと見た瞬間、

おもわず目を瞑りました。

 

そして、パッと目覚め、
意識が戻り、
夢から醒めた時のように

うぅわぁおおお〜〜ッ!
何!

 

今の映像は、ナニ!
えっ〜ッ!えええ〜えッ!

と、
魂が肉体の中に戻った瞬間でした。

 

その瞬間、
「あぁあ、また戻ってしまった。

(魂が) 抜けた時、楽やったなァー」

というのが、本音でした。

 

それから、
肉体から魂が抜け出すためには、

どうすれば良いのか?

 

いろいろ考え、試行錯誤を繰り返しました。

 

そして、その甲斐あって、

その方法を会得することが出来たのですが、

 

ここで、その肉体から魂が抜け出す

ための手順や方法を話すことはいたしません。

 

また、その幽体となった時の説明や

注意事項をお話しすることはしません。

 

それは、肯定的に考える方もおいでれば、

懐疑的な方もおいでになるからです。

 

それはそれで当然のことかもしれませんが、

私は、そういう否定的、懐疑的な方々に対して、


どのように思われても結構ですし、

説明する気も、時間も無いからです。

 

ただ私が
何を言いたいのか?といいますと、
昨日のガブリエルの件もあり、

自分たちが寿命で死んだあとの事が

分かっていれば、

まずは、幽界へ行き。
そして、その後 霊界へ行くのかな〜!と

分かっていれば、

そんなに死に対する恐怖や怖れも

感じなくて良いのかな、と思います。

そう言えば、浄土真宗の開祖 親鸞上人 様も

「後生の大事」という事を申されて

おいでになります。

私は、無神論者ですが、

そういう風に考えてみれば、

西洋でも東洋でも似たような考えがあると

いう事は、それが真理なのかなと思います。

 

本当の真理というものは、

たとえ西洋でも東洋でも、
男性でも、女性でも、関係なく

通ずるものなのでは無いかな!と思います。

 

私は、たまたま昨日のガブリエルが夢枕に立ち、

映像を見せながら教えてくださったお話しは、

まさに真理だったのではないのか!と思います。

 

あなたは、どう思いますか?

私は、二回もなくなりました。

お医者様が、死亡確認する際「

瞳孔、心停止、脈停止、○○の確認」など

ありますが、

 

私は死んでも、「瞳孔」は開きません。

鍛えてますから(笑)

これは、笑い事ではなく、本当のことなのです。

 

ですから、太陽を肉眼で見たりしても、

目の前が真っ暗になったりしません。

 

そういう特異体質なのです。


これは、仏教界ではある意味必要と

される能力なのです。

 

また、ご質問などございましたら、

コメント欄にお願いいたします。

 

我々はこの世の使命が終われば、まず幽界へ行きます。


そして、幽体(魂の姿)となって、

天国地獄と言われるところへ行くと

仏教では、言っております。

じゃあ、
その天国地獄は何処にあって、
どんな所で、
誰が居て、
何をしているんですか?

と、お釈迦様の生きておいでに

なった時代からの永遠のテーマが、

死後の世界についてのことなのです。

 

二千年経っても、人間はそんなに成長して

ないと思いませんか?

お互い人間そんなに変わらないんです。

お釈迦様の生きておいでになった時代の人たちと我々と、そんなに変わってないんです。

 

お釈迦様のように、解脱出来た方は、

特別な存在として、我々一般ピーポーは、

大差ないんです。

あの人は、出世している。
学校の成績が良い。
良い大学を出てる。
お金持ちだ。
一部上場企業の社員だ。

だから、、。
だから、ナニ?

人間そんなに変わりないんです。
人間そんなに大した差はないんです。

そんな些細なことで、一喜一憂するんではなく、

もっと大事なことがあるんではないでしょうか?

我々命あるその間に、
何をすべきなのか?
何で生まれて来たのか?
どう生きていけば良いのか?
など、
肉体を与えられて生まれて来て、肉体のある修行とは何をすべきなのか?

我々がこの世の使命が終わるまでの間にしなければいけないことは、

自分と他人とを比較して、
出世がどうのこうの、
お金持ちかどうか?
人気があるかどうか?
こんな比較するのが、あなたの人生において、本当に大事なことなのでしょうか?

価値観の相違とひと言で済まされるような時代かもしれませんが、
でも私は、このブログを読んでくださっておいでる、ご縁ある方々に少しでも、オーラを磨き、魂を磨いていただきたいと思って今日お話しいたしました。

今私は、
人の命が、軽んじられている時代だと痛感しております。

もっと人の命が大事されるような社会、時代を創って行くことにより世界平和へと続いて行くと思います。

今日は、昨日の大天使ガブリエルのメッセージから自分なりに考えていることを書いてみました。

ご意見、ご感想お待ちしております。

分からないところやご不明な箇所などございましたら遠慮なく、
このブログにコメントをくださいお待ちしております。


ではまた
感謝いたします。

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